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  • 「修理する権利」は正しいか——電波という公共財の視点が、この議論にすっぽり抜けている

    「修理する権利」は正しいか
    電波という公共財の視点が、この議論にすっぽり抜けている

    編集部より

    この記事は、17年間スマートフォン修理の現場に立ち、電波測定設備を自社に持ち、総務省登録修理業者として法令と向き合い続けてきた立場から書いています。特定の運動を否定するものでも、賛美するものでもありません。欠けている論点を、俯瞰して提示します。


    「修理する権利」運動の主張——片側しか見ていない

    欧米で急速に広がる「Right to Repair(修理する権利)」運動。EUでは法制化が進み、米国でも複数の州で立法措置が取られています。Appleはセルフ修理プログラムを欧米32カ国で展開し、この流れに対応しました。

    この運動が掲げる主張は、一見すると正論です。

    「修理する権利」運動が掲げる主な論点

    • 消費者は購入した製品を自由に修理する権利がある
    • メーカーによる修理独占は価格を不当につり上げている
    • 修理できれば製品寿命が延び、電子廃棄物が減る
    • 環境負荷の軽減・サーキュラーエコノミーへの貢献

    どれも間違いではありません。消費者が高い修理費を強いられていること、電子廃棄物が深刻な環境問題であることは事実です。

    しかしこの議論が、見事なまでに無視している論点があります。

    電波は誰のものか——この問いが、すっぽり抜けている。


    スマートフォンは「電波を使う機械」である

    スマートフォンは電話であり、カメラであり、財布でもあります。しかしその本質は「電波を使って通信する機械」です。

    電波法(e-Gov法令検索)第1条は、その目的をこう定めています。

    「電波の公平かつ能率的な利用を確保することによって、公共の福祉を増進することを目的とする」

    ——電波法 第1条

    電波は特定の誰かが所有するものではありません。国民全員で共有する公共財です。救急・消防・航空・気象・一般通信——これらすべてが同じ電波空間を分け合って使っています。だからこそ国家が周波数を管理し、使用する機器に厳格な技術基準を課しています。

    この前提が、「修理する権利」の議論からすっぽり抜けています。


    「個人が修理する権利」と「公共財を損なわない義務」は、別の話である

    消費者が自分のスマートフォンを修理したいという気持ちは、理解できます。工具を買い、部品を調達し、自分で直す。その行為自体を否定するつもりはありません。

    問題は、修理した後のスマートフォンが「正しい電波を出しているかどうか」を誰が保証するのか、という点です。

    電波法(e-Gov法令検索)が定める「技術基準適合証明(技適)」は、スマートフォンが一定の電波出力基準を満たしていることを証明するものです。修理後にこの基準が維持されているかどうかを確認しないまま電波を発射することは、電波法違反のリスクを伴います。

    ⚠️ 「修理する権利」論者が答えていない問い

    • 修理後のスマートフォンが電波法の技術基準を満たしているか、誰が確認するのか
    • 基準を超えた電波が発射された場合、周囲の利用者への影響は誰が責任を取るのか
    • 「修理する権利」は公共財である電波空間を汚染する権利まで含むのか

    これらの問いに、この運動は答えていません。環境問題・消費者の権利・廃棄物削減という、誰も反論しにくい論点を並べながら、電波という公共インフラへの影響という最も重要な論点を、巧みに回避しています。


    実測データが示す、不都合な現実

    ここで、当店が17年間の現場で積み上げてきたデータから言えることをお伝えします。

    スマートドクタープロでは、ローデ・シュワルツ社製CMW500(ワイドバンド無線機テスタ)とCMW-Z10 RFシールドボックスを用いて、修理前後のスマートフォンの電波を実測しています。そこで確認している事実があります。

    📡 現場から見えている現実

    市場に流通しているスマートフォンの中には、電波法が定める工事設計合致義務の規定値より約3dB高い電波を出力している端末が一定数存在します。この事実は弊社が所管官庁(総務省)に報告済みです。

    重要なのは、このズレが「修理によって生じたのか」「最初からそうだったのか」が、測定なしには判別できないという点です。電波測定設備を持たない修理店が「修理後も問題ない」と言える根拠はありません。測定していないのですから、証明も否定もできない。その状態のスマートフォンが、電波空間に解き放たれています。

    「修理する権利」を主張する運動は、この問題を一切取り上げていません。消費者の権利と環境問題という旗印の下に、最も技術的に重要な論点が埋もれています。


    日本でセルフ修理が「できない」のは、遅れているからではない

    Appleのセルフ修理プログラムは欧米32カ国で展開されていますが、日本は対象外です。これを「日本は遅れている」「既得権益を守っている」と批判する声があります。しかし実態は異なります。

    総務省の登録修理業者制度(総務省)が存在する理由は、電波という公共財を守るための制度的担保です。個人が分解・修理した後に技術基準を満たしているか確認する仕組みがない状態で通信を行えば、電波法違反になりえます。日本がセルフ修理プログラムを導入できないのは、この法的整合性の問題であり、消費者軽視でも既得権益保護でもありません。

    むしろ問うべきは逆です。欧米の「修理する権利」法制化は、電波の公共財としての管理をどのように担保しているのか。その答えが不明確なまま「日本も続くべきだ」とは言えません。


    では、どうあるべきか

    スマートドクタープロは「修理する権利」運動そのものを否定しません。消費者が選択肢を持つことは重要です。高すぎるメーカー修理費への問題提起も正当です。

    しかし、正しい権利の行使には正しい責任が伴います。修理後の電波品質を担保できるなら、個人が修理する権利は認められるべきです。実際、当店のような電波測定設備を持った総務省登録修理業者は、まさにその責任を果たしています。

    問題は「測定できない・しない修理」が電波空間に与える影響を誰も議論しないまま、「権利」だけが先行していることです。

    この議論が成熟するために必要な3つの論点

    電波の公共財としての位置づけ
    修理する権利は、公共財である電波空間を汚染する権利を含みません。修理後の電波品質担保を権利行使の条件とすべきです。
    測定義務の明確化
    修理後の電波測定を行える設備・資格を持つ業者のみが修理を行える、という基準を明確にすることで、権利と責任のバランスが取れます。
    メーカーの工事設計合致義務の実態調査
    修理前の端末でも電波出力に基準超過が見られる現状を踏まえれば、問題の根源はメーカー側の製造・ファームウェア管理にもあります。この点を棚上げにしたまま修理業者だけを槍玉に挙げるのは、片手落ちです。

    結論——「権利」の旗を振る前に、「公共財」の議論をせよ

    環境問題・人権・消費者保護——どれも重要な価値です。しかしあらゆる「権利」の議論は、他者の権利・公共の利益との均衡の中でのみ成立します。

    電波は空気のように見えませんが、現代社会の最も重要なインフラの一つです。救急車の無線も、飛行機の管制も、あなたのスマートフォンも、同じ電波空間を共有しています。その空間に、技術基準を満たさない電波を放出する権利は、誰にも与えられていません。

    「修理する権利」を語るなら、「電波を汚染しない義務」も同時に語らなければならない。

    この論点を避けたまま権利だけを主張する議論は、半分しか正しくありません。17年間、電波測定設備を持ち、法令と向き合い、「できないことはできない」と言い続けてきた現場からの見解です。


    専門用語集

    技術基準適合証明(技適)
    電波法および電気通信事業法の技術基準に適合していることを証明するマーク。日本国内でスマートフォンなどの無線機器を使用するには、この証明が必要。修理によって内部構造が変更された場合、元の技適の効力が失われる可能性があり、総務省登録修理業者のみが修理後に技適を再付与する権限を持つ。
    工事設計合致義務
    登録修理業者が修理後に端末の電波特性が修理前と同等であることを確認する義務。電波法に基づくこの義務を果たすためにはCMW500などの専用電波測定設備が必要。現実には測定設備を保有している修理店はほぼ存在しない。
    CMW500(ワイドバンド無線機テスタ)
    ローデ・シュワルツ社製の電波測定機器。スマートフォンが出力する電波の送信出力・周波数特性・変調精度などを精密に測定できる世界基準の試験設備。通信事業者・研究機関・一部の登録修理業者が使用する。スマートドクタープロは約8年間この設備を自社で実運用している。
    電波法
    電波の公平かつ能率的な利用を確保し、公共の福祉を増進することを目的とした日本の法律(昭和25年制定)。スマートフォンを含む無線機器の技術基準・使用条件を定めており、基準を満たさない機器の使用は1年以下の懲役または100万円以下の罰金の対象となる。
    登録修理業者制度
    2015年に施行された制度。電波法・電気通信事業法の定める技術基準に基づく修理を行う資格を国(総務省)が登録・管理する仕組み。登録業者のみが修理後に技術基準適合証明(技適)を再付与できる。スマートドクタープロは日本初の総務大臣登録修理業者(T000002・R000002)。
    Right to Repair(修理する権利)
    消費者が購入した製品を自由に修理・改造できる権利を求める運動・法制化の動き。欧米を中心に広がり、EUでは法制化が進んでいる。環境負荷の軽減・消費者の経済的権利・電子廃棄物削減を主な論拠とするが、電波の公共財としての管理という視点が議論から抜け落ちていることが多い。
    dB(デシベル)
    電波の強さ(電力)を表す対数単位。3dBの差は電力が約2倍(または約1/2)に相当する。工事設計合致義務の規定値より3dB高い電波出力とは、基準の約2倍の電力が放射されていることを意味する。この差は周辺の通信環境に干渉を引き起こす可能性がある。

    よくある質問

    「修理する権利」は日本でも認められるべきですか?
    消費者の経済的権利・環境負荷の軽減という観点では議論に値します。しかし日本では電波法により、スマートフォンは技術基準適合証明(技適)を取得した状態で使用することが義務付けられており、修理後の電波同一性を証明できない環境での修理は電波法違反のリスクを伴います。電波は国民共有の公共財であり、個人の修理の権利はその公共財を損なわない範囲でのみ成立します。
    なぜ日本ではAppleのセルフ修理プログラムが利用できないのですか?
    日本の電波法が定める技術基準適合証明(技適)制度が障壁となっています。個人が分解・修理した後に通信を行うと、電波法違反に問われる可能性があります。Appleのセルフ修理プログラムは欧米32カ国で展開されていますが、この法的問題が解決されていない日本は対象外となっています。
    電波測定なしの修理がなぜ問題なのですか?
    スマートフォンの電波出力が技術基準を超えた状態になると、周波数帯を共有する他の利用者(救急・消防・航空・一般通信)に干渉を引き起こす可能性があります。これは個人の修理の権利の問題ではなく、公共インフラへの影響の問題です。修理後の電波同一性を客観的に証明できない修理は、結果として公共財を毀損するリスクをはらんでいます。
    技適マーク(技術基準適合証明)とは何ですか?
    電波法および電気通信事業法の技術基準に適合していることを証明するマークです。日本国内でスマートフォンなどの無線機器を使用するには、この証明が必要です。修理によって内部構造が変更された場合、元の技適の効力が失われる可能性があり、総務省登録修理業者のみが修理後に技適を再付与する権限を持っています。
    工事設計合致義務とは何ですか?
    登録修理業者が修理後に端末の電波特性が修理前と同等であることを確認する義務のことです。電波法に基づくこの義務を果たすためには、CMW500などの専用電波測定設備が必要です。しかし現実には測定設備を保有している修理店はほぼ存在せず、業界全体の課題となっています。
    市場に出回っているスマートフォンで技適基準を超えた電波を出している端末はありますか?
    あります。スマートドクタープロがローデ・シュワルツ社製CMW500による実測で確認した結果、市場に流通しているスマートフォンの中には工事設計合致義務の規定値より約3dB高い電波を出力している端末が一定数存在します。この事実は弊社が所管官庁(総務省)に報告済みです。修理によって生じたのか出荷時からそうなのかは測定なしには判別できないため、電波測定を行わない修理はリスクを内包しています。
    総務省登録修理業者と一般の修理店はどう違いますか?
    総務省登録修理業者は電波法・電気通信事業法の定める技術基準に基づく修理を行う資格を持ち、修理後に技術基準適合証明(技適)を再付与する権限があります。一般の無登録修理店が修理した端末は技適の効力が失われている可能性があり、その状態での使用は電波法違反のリスクを伴います。スマートドクタープロは日本初の総務大臣登録修理業者(T000002・R000002)です。
    「修理する権利」運動が見落としている最大の問題は何ですか?
    修理後のスマートフォンが正しい電波を出しているかどうかを誰が保証するか、という問題です。消費者の権利・環境問題・廃棄物削減という誰も反論しにくい論点を掲げながら、電波という公共インフラへの影響という最も重要な技術的論点が議論から抜け落ちています。権利の行使には電波空間を汚染しない義務が伴うはずですが、この点がすっぽり回避されています。

    スマートドクタープロ 編集部

    この記事の著者

    スマートドクタープロ 編集部

    2009年創業。日本初の総務大臣登録修理業者(T000002 / R000002)ISO9001:2015認証取得(スマートフォンパーツ輸入・修理)。ローデ・シュワルツ社製CMW500による電波測定を修理後全件実施。年間6万件以上の修理実績。

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